勝つための思考と戦術3(対カットマン/杉本コーチ監修)

勝つための思考と戦術3(対カットマン/杉本コーチ監修)

大谷翔平選手、二刀流、ブラボー!ファンタスティック!インクレディブル!

宮本武蔵の様に卓球ラケットの二刀流はありなのか疑問に思ったところ、こんなQ&Aサイトを見つけました。

Q:テニス・卓球・バトミントン、ラケット二刀流はありなのでしょうか? 未だそんな人を見たことないのですが…

A:卓球しかわかりませんが,あらためてルールブックを見ました。 すると・・・なんと!二刀流がダメと,明確に書かれていないのです。 で、もう一度読み返してルールの解釈を試みました。 卓球では「ラケットハンド(ラケットを持っている手)」と 「フリーハンド(ラケットを持っていない手)」が定義されています。 プレー中はラケットハンドとフリーハンドのいろいろな規定があります。 つまり、ラケットを持っている手と,そうじゃない手があるのが前提。 両手でラケットを持っていると、フリーハンドがないことになります。 ここがルールに引っかかり、二刀流がダメ、という解釈になります。 テニスのような「両手打ちバックハンド」もダメということですね。

それなら片手にラケットを1本持って、もう1本は口にくわえてプレイはできるのでしょうか?それを考えてると一晩中寝られません。

巌流島 山口県下関市

大学の体育会卓球部で始めてカットマンと練習しました。カットマンが4人もいました。高校ではカットマンは誰もいませんでしたからカットマンには慣れていません。その当時は今の様に攻撃するカットマンなどいず、ひたすら相手の球を凌ぐ防御のみの戦型でした。守るだけの卓球、何が面白いのだろうと不思議です。相手が切れたカットをネットミスして、切れていないカットをオーバーミスする、それを快感としている、カットマンは案外性格の悪いのかもしれません。男なら攻撃あるのみ。しかし大学の部員の一人に東日本学生に出場した女子部員がいました。多分1セット21-4ぐらいでいつも負けていました。ブチ切れカットとドナックルが混じって相手の思惑通りにミスしてしまいます。それを喜んでいる女子部員のW。また男子部員の先輩の一人に裏面にアンチを貼っている方がいました。当時、ラバーの色は表裏同じでもまだルール違反ではありませんでした。見分けも付かず同じフォームで全く違う球種になって返って来ます。実力で勝負しろ!先輩だから文句は言えません。1年生-虫けら、2年生-奴隷、3年生-人間、4年生-神様と呼ばれる時代でした。キェ〜!(嗚呼!花の応援団)もうトラウマになって、未だにカットマンを好きになれません。

フォア、バック、ツッツキ、三球目、スマッシュ、フットワーク練習。こんなルーティンワーク、いくらやってもカットマンには勝てません。杉本様、杉本様。対カットマンの戦略を教えて下さい。

この戦略は一例です。色々な考え方があると思います。参考程度にどうぞ。

【図1】

フォア前にショートサーブを出して、カットマンを前に寄せて、返って来た球をバック側の深い位置に強打します。カットマンを前後に動かして優位に立つ基本的な戦略です。

【図2】

何度も切れた球を年寄りがドライブで返球していると、息が切れ持久力がなくなりネットミスしてしまいます。たまにストップを入れてカットマンを前に寄せます。そして深いところを突きます。ロートルの戦い方はドライブとツッツキをバランス良く使うことです。

【図3】

カットマンは切れた球と切れていない球を返球して来ます。切れていない球をドライブで打つとオーバーミスしてしまいます。そんな時は無理をせず長い球足のツッツキで返球します。こちらのツッツキが切れていなくても低くて滑る様な球は相手がカットしにくく、高い球になって戻って来ます。チャンスボールになる確率が高くなります。

【図4】

相手の回転が分からない時、ループドライブの様に薄く引っ掛けて相手コートの真ん中あたりを狙います。ネット際を狙うと短くなり過ぎてネットミスする可能性があります。相手コートの真ん中あたりを狙うとコートに入る確率が高くなります。

【課題】

カットマンの返球する下回転とナックルの球の見極めが超苦手です。杉本コーチから教えて頂いても中々見極められません。練習を積み、修得するしかない様です。以下、カットマンの下回転とナックルの特徴です。ご参考にどうぞ。

カットマンの下回転──・ラケットスイングが速い ・インパクトの瞬間、余り音がしない ・球足が速い ・バウンド後、沈む

カットマンのナックル──・ラケットスイングが遅い ・インパクトの瞬間、フラットに当たる音がする ・球足が遅い ・バウンド後、沈まずそのまま前に飛ぶ

ブログランキング参加中!クリックで応援願います。

丹阿弥清次

1955年生まれ。広告デザイン会社退社後、デザイン会社を起業して三十数年。卓球歴は大学以来40年の空白状態。還暦前に再挑戦。しかし奮闘努力の甲斐もなく今日も涙のボールが落ちる。

※批判的なコメントはご容赦願います。