スポーツと催眠 1

スポーツと催眠 1

2021年11月7日

明らかに自分より劣る格下の相手と試合をすると1セット目は楽に勝てることができ、「余裕だな」なんて相手を見くびっていると2セット目は2-2、3-3、4-3

、5-3と相手にリードされ「あれ、おかしいな。真剣にやろう」と気合いを入れ直しても6-3、6-4、7-4、8−4「もしかして私は負けてしまうの?」と弱気な自分が頭をもたげて来ます。

そう思うと最後、本当に負けてしまうのです。わずかな不安や恐怖が心身ともに反射や運動能力を低下させ、手足の動きも悪く、日頃打ち返せる様な球さえ空振りしてしまいます。

特に私の場合、女子(オバサマも含む)、また小中学生にも緊張してしまいます。できるものならこの方達との試合は避けて通りたい。

高校生なら実力も格上が負けるのもしごく当然であろうと諦めも着きますが、シニアの奇妙なナックルサーブ、ナックルレシーブで球が飛んで来ると怒りと恐怖が生まれます。さらにシニアの操る粒高やアンチのラバーに負けてしまうのではないかと不安が広がって来ます。

この精神的な弱さを克服するには多くの練習時間を費やし、充分練習して来たという自負心が恐怖心を振り払ってくれるのかもしれません。「練習量=自信」。2つは比例するのかもしれません。しかし部活内の練習試合には強くても、対外試合になると実力の半分も出せない中高生の選手も多く、またその選手は人一倍練習しても対外試合ではやはり緊張してしまい実力が出せません。まして練習時間を充分取れないシニアはどうすればリラックスして実力を発揮できるのでしょうか。

酒でも一杯引っ掛けて、試合に臨もうかと思いましたが、却って運動能力が落ちてしまう危険性があります。栄養剤も考えましたが、ドーピングになり兼ねません。

ふと、催眠術はどうかと考えました。「あなたは今から卓球の達人です。目が覚めると水谷隼や馬龍の様に強くなっています。3、2、1、はい!」なんて妄想してしまい、二冊の本をamazonで購入してしまいました。

「スポーツと催眠」は1970年初版で著者は長田一臣氏。日体大教授、東京教育大学講師、日本催眠医学心理学会会員。

「精神強化のコーチ学」は1991年初版で著者は佐藤守男氏。日本教育催眠学会理事、日本催眠医学心理学会会員、日本応用心理学会員。

お二方も出版された時代は異なりますが、共通点も多いと感じました。後日、本の内容をお話ししたいと思います。

二年振りの電車と外飲み

文化の日に千葉から谷中まで電車に乗り、知人の墓参りに行きました。車内は休日でコロナも落ち着いていたので多くの乗客がいました。谷中の銀座の通りも賑わっていました。墓参りの後は友人達と少量のお酒とお蕎麦を頂きました。久しぶりの外食で少し気分が晴れました。

谷中大島屋(蕎麦屋)
乱歩(喫茶店 コーヒーがおいしい)

千駄木で友人達と別れてもまだ陽が明るかったので、高田馬場まで電車で移動して「国際卓球」に伺いました。通販でパンツを購入すると丈が分からず2度も失敗しています。お店で手に取り試着しないと気に入ったものが手に入りません。ミズノのパンツとリストバンドを2個購入致しました。

国際卓球

お勘定の際に店員の方に「昔、国際卓球は馬場の駅の線路沿いにありませんでした?」と聞くと「はい、ここは新しいお店です。」愛想良く答えて頂き、店員の方と少しお話ししてしまいました。

私は1970年、高校の卓球部に入部し、マイラケットを初めて購入したのは線路沿いの「国際卓球」でした。かなり古びたビルの狭くて暗いお店で店主の方がラケットは「ダーカー」、ラバーは「テンペスト」を選んでくれ、大きな裁ちバサミでラバーを断裁し、ラケットに貼ってくれました。その店主の方も随分前にお亡くなりになったそうです。その方が「国際卓球」の創設者だったのか聞きそびれてしまいました。

因に国際卓球の沿革です。

1946年に新宿区若葉町で創業。1958年高田馬場3丁目に移転。1978年高田馬場1-32-7に移転。2007年高田馬場1-28-18現住所に移転。

丹阿弥清次

1955年生まれ。広告デザイン会社退社後、デザイン会社を起業して三十数年。卓球歴は大学以来40年の空白状態。還暦前に再挑戦。しかし奮闘努力の甲斐もなく今日も涙のボールが落ちる。

※批判的なコメントはご容赦願います。