おじいちゃんがまたテレビに向かってぶつぶつ言ってるよ〜。

おじいちゃんがまたテレビに向かってぶつぶつ言ってるよ〜。

2021年7月8日

最近はVRゴーグルで卓球の試合や映画観賞に浸っております。長時間VRゴーグルを付けていると頭にも目にも悪かろうと仮想空間から何とか抜け出して、現実世界のつまらないテレビの電源を仕方なく入れます。何か見たい番組を探しますが中々見たいという欲求にかられません。時代劇も歌謡歌番組も見る機会が少なくなり、テレビから年寄りは遠のくばかりです。時代劇チャンネルに加入してまで見ようとは思いません。連続ドラマを見ても初めて見る若い俳優(タレント)が多く、まるで小学校の学芸会の様です。ジジイの番組を作って欲しい。でも制作サイドも世代が若くなり、年寄りはもう引退しているのでしょう。

最近、「モノマネ歌合戦」を見ましたが、出演しているモノマネタレントが誰のモノマネをしているのか分かりません。似ているのか、似ていないのかそれさえも分かりません。始めて聞く曲ばかりで誰が唄っているのかも分かりません。もし私が審査員になったら審査できないでしょう。「う〜ん、似てるなあ!」なんて知ったかぶりするかもしれません。歌手名もYOASOBI、YUKI、JUJU、Chara、Ado?こいつら日本人か?ジジイにはさっぱり分かりません。

毎日欠かさず見る番組は「NHKニュース7」です。夕方7:30頃に天気予報がありますが、お天気予報のキャスター平野有海さんの洋服のコーディネートが気になり、肝心の予報を聞き逃してしまいます。昔、モデル撮影のためスタイリストと打ち合わせをして、モデルのコスチュームを決めていたので、人の着る物にはちょいとうるさいオヤジです。民放のお天気予報のお姉さん方に比べるとNHKのファッションセンスのなさは目に余ります。スタイリストにセンスがないのか、ご本人が「これがいいわ♥」なんて言ってお洋服を選ぶのか?平野有海さんのコーディネートが縦縞のブラウスに横縞のスカートなんて日もあり、もうワンピースにすればいいのになんてオヤジは晩飯を頂きながら少し苛ついています。

他に時間があれば見ようと思う番組は「ブラタモリ」「マツコの知らない世界」です。「マツコ〜」はマツコ氏が好きという訳ではありませんが、彼の食べっぷりを見ているとあれは芸なのかと思ってしまいます(ゲイだから?)。カレーとスイーツを良く番組で取り上げ(多分マツコ氏の要望に違いない)、いつも「のみもの〜」なんて言ってカレーを啜っている彼を見ると、糖尿病の当方は若干マツコ氏の巨体を心配してしまいます。あれじゃ、長生きできん!

聖火(恵比寿駅付近)1964年亡父による撮影

「1964年東京オリンピック」当時はこのオヤジも小学四年生の可愛らしい少年でした。小学校の各教室にテレビが1台置かれ、毎日オリンピックを観戦していました。ガンバレ日本、と全生徒が応援していました。マラソンのアベベ選手、円谷選手。重量挙げの三宅選手。体操の遠藤選手。女子バレー選手たち(東洋の魔女)と大松監督。鮮明ではありませんが朧げに記憶に残っています。日本対ソ連の女子バレーの試合の視聴率はなんと85%。姉とテレビの前で興奮して観戦致しました。

高速道路 赤坂見附 車が少ない。1964年亡母による撮影

亀倉雄策氏のシンボルマーク、田中一幸氏のデザイン、早崎治氏のストロボ撮影、丹下健三氏の建築デザイン。蒼々たる顔ぶれです。田中氏とは面識はありませんでしたが、20代の頃に彼の関わっていた企業のデザインを携わっておりました。早崎氏は一度お会いしたことがありますが、30代の頃に彼のアシスタントを務めていたカメラマンとは長い付き合いがありました。でも大先生の皆様、すでに他界されています。ご冥福をお祈り致します😞。

左/こんな下敷きがありました  右/亡母から頂いた記念硬貨 買取相場2000円程

戦後、日本が先進国の仲間入りを果たした事をアピールするために、また東京の過密化を解消するために、国は交通網を整備しました。新幹線・高速道路敷設工事、地下鉄の拡張工事等に膨大な費用を掛けました。福岡の少年が父の事業の失敗で夜逃げ同然で上京し、その頃東京タワーが聳え、三波春夫氏の唄う「東京五輪音頭」に合わせて夏祭りの夜を踊り、第二次世界大戦から20年後、遂にオリンピックが開催され、日本の明るい未来の幕開けと日本人は誰もが信じていました。そしてオリンピックは大成功のうちに幕を閉じました。

しかし成功の影に犠牲は必ず付き物です。オリンピックの開会に間に合わせるために出稼ぎ労働者は過酷な労働を強いられていました。事故死亡者数は新幹線、高速道路、地下鉄工事、競技場、その他合わせて300人を超えています。50代の頃、奥田英朗氏著の「オリンピックの身代金」を読んで、始めてオリンピックに犠牲者がいたことを知りました。当時の情報網は主に新聞かテレビでした。webもなく、文春・ポストのすっぱ抜き記事もなく、国はあらゆるスキャンダラスな事実を覆い隠し、国民を欺いていたのかもしれません。

「2020年東京オリンピック」は佐野研二郎氏のエンブレムデザイン盗作騒動、ザハ氏から隈氏の新国立競技場のデザイン変更、リニア中央新幹線の開業前倒し未定、森喜朗会長の引責辞任、開閉会式の演出メンバー解散、後任の演出に選ばれた元電通社員の佐々木宏氏解任、そしてコロナ禍。情報過多のせいか、一つケチが付くとみんなコケてしまいます。

オリンピックについて良く言われる事ですが、もっと質素に、もっとシンプルに開催してはどうかという国民の意見を関係者の方、もっと検討して欲しいものです。結果論ですが旧国立競技場を解体せずにそのまま使えば良かったものを、なぜ新しく建て直しをしなければいけなかったのか?インフラ工事で雇用を創出したかったのか、税金を無駄使いしたかったのか、凡人には分かりません。旧国立競技場なら屋根がなくて換気もいいし、無観客ならスタンドも必要ないでしょう。新しいものを造り、世界にアピールする時代は終わりました。そして1964年から2020年、時を経て科学や環境は進歩したのでしょうが、人間自体が精神的に進歩したとは思えません。57年経っても何も変わっていないのです。こんな風に感じるこの老ぼれはどこか間違っているのでしょうか?ブツブツ……

いっそすべての会場を無観客にしてVRゴーグルでオリンピック観戦のシステムを作って欲しいものです。その競技場、会場に行かなくても、どこの視点からも選手たちを立体映像で観戦でき、隣に座るアバターたちと会話しながら試合を楽しめる。しかも石川佳純選手のすぐ側まで近づけたり、池江璃花子選手と一緒に泳げたりして😊。まさか〜。

丹阿弥清次

1955年生まれ。広告デザイン会社退社後、デザイン会社を起業して三十数年。卓球歴は大学以来40年の空白状態。還暦前に再挑戦。しかし奮闘努力の甲斐もなく今日も涙のボールが落ちる。

※批判的なコメントはご容赦願います。