向い風 9 最終話 (オヤジの小説・全9話)

向い風 9 最終話 (オヤジの小説・全9話)

2020年8月31日
小説

 自宅に戻ると多佳子は寝込んではいなかった。娘の策略にまんまと引っ掛かってしまったようだ。別にそれで娘を恨む気も起きなかった。多佳子は庭の花壇の花に水を差していた。確かに少し痩せているようだった。ベランダからそっと声を掛けた。
「ただいま」「お帰りなさい」まるで八年の歳月は何事もなかったようだった。
 

 昼になると塔子がやって来た。本当に帰って来たのか確認しに来たのだろう。それから十五分もしないうちに息子の敦がやって来た。多佳子が気を効かせて敦に連絡したようだった。多佳子が冷や麦を作ってくれて、久しぶりに親子四人、昼食を共にした。こうして家族が揃うのは何年ぶりのことだろう──。
 それからも多佳子が山村を責めることはなかった。山村もこの八年間のことは何も話さなかった。離婚調停の話もしなかった。時間が経つうちにこれで良かったのかもしれないと思えるようになっていた。
 
 山村の弟が脳溢血で突然倒れた。命は取り留めたが後遺症が残ってしまった。まだ意識もはっきりしていない。しかしほんの少しずつだが回復に向かっている。退院にはもう少し時間が掛かりそうだった。弟は十年前に離婚して子供もいない。身寄りもなく、面倒を見られるのは山村一人だった。西麻布でショットバーを経営していたが、開店できなければ家賃が溜る一方だ。山村は弟の許しを得ずに店を閉めることにした。

 弟の持っている鍵の在処も分からなかったので大家に鍵を借りに行った。店を開け、後片付けを始めた。酒、水、炭酸、おつまみ、グラス、灰皿、音響設備、レジスター。狭いスペースに物が溢れていた。この店に山村も業界の人間を連れて良く飲みに来たものだ。酒は弟がこだわっていたスコットランドのシングルモルトがかなり残っていた。二坪ぐらいの小さな店だったが、片付けに丸二日が掛かった。いつか弟に店を閉めたことを報告しなければならない。弟はきっとショックを受けるに違いないだろう。何せこの店を二十年も続けて来たんだから──。

 二日目の夜に二十年来の付き合いのある編集デザイナー花井に連絡して、ウィスキーが余ってるから飲みに来ないかと誘った。花井は山村が自宅に戻り、夏海が新しい男と結婚した経緯を知っていた。自分の過去を良く知る数人のうちの一人だった。
 夕方四時に花井がやって来た。
「山村さん、お久しぶりです」只で飲めるとあって彼はご機嫌だった。
「まあ、そう言う訳でこの店を畳むんだよ。シングルモルトのウィスキーでいいかい?」
「あっ、もう何でもいいです。飲めるんなら…」
 花井はスコッチウィスキーをストレートで一杯ずつ試飲している。世間話と近況を話し合い、夜も更けた頃、花井がぽつりと言った。
「ところで娘さんは今いくつですか?」
「今、九歳。今度、小学三年生だよ」
「早いもんですね。もうそんなに大きくなったんですか?それで今、娘さんと彼女はどこに住んでるんですか?」
「鎌倉の長谷の高級住宅街にいるよ」
「家にまで行ったことがあるんですか?」
「まさか。今はあいつには亭主がいるんだから……でも一度探したことがあるよ」
「見つかったんですか?」
「はっきりは分からないけどだいたいの見当はついてるよ」
「あのう…今でもお子さんに会いたいですか?」
「ああ…会いたいね。でももう五年も会ってないから俺のこと覚えてるかなあ……」
「そうですか……何か切ないっすね」

 今でも夏海に美帆の養育費を送っている。多佳子との生活もある。まだまだ山村は働いて収入を得なければならなかった。それよりも山村は捨て切れない夢があった。いつかまた自分のヨットを持って広い外洋にセーリングすることだった。

 この日も正午に出勤してタイムカードを押す。自分のロッカーで制服に着替える。それから壁に掛かっている配車板をチェックして自分の担当車を確認する。いつもの230号車だった。事務員から乗務日報と乗務員証を受け取ってから担当車を点検する。LPガスを補給すれば出航だ。

 茅ヶ崎の駅から毎日客を拾い始める。主にこの周辺が山村のテリトリーだった。平日の木曜日だが乗客が多かった。深夜に横浜辺りで茨城の水戸までのお化け(長距離の乗客)が出た。長距離の場合、会社の事務所に連絡を入れる必要がある。事務員からオーケーが出て、第三京浜から首都高に乗り、常磐自動車道で水戸へと向かった。目的地に着いたのは明け方四時近かった。それからメーターを回送にして茅ヶ崎に戻る。空は白々と明るくなって太陽を背にタクシーは高速を走った。今日も晴天だろう。気持ちのいい日になりそうだ──。

 やっと藤塚の高速道路のインターの標識が見えた。そのまま進めば横浜新道、左に折れれば横浜横須賀道路に入る。茅ヶ崎に帰るなら直進だが山村は左に折れた。朝比奈インターで下りて金沢街道を走った。二十分程走ると長谷の街に着いた。自分でも馬鹿なことをしていると思いながら大仏近くの高級住宅地に向かった。陽はすっかり昇って、犬の散歩をしている人も見かけた。小鳥の囀りも聞こえる。山村はウィンドウを下ろし、ゆっくりとタクシーを低速で巡航した。廻りの住宅より一際大きな洒落た家の中から子供の声が聞こえた。

 山村はエンジンを止め運転席からその家を眺めていると、玄関から「いってきます」と大きな声がして赤いランドセルを背負った女の子が出て来た。十メートルぐらい離れていたがはっきりと美帆だと分かった。数秒だが美帆も山村をじっと見ていた。誰なのか不思議そうな顔だった。そしてにっこりと微笑んだが直ぐに走り去ってしまった。もう九歳で小学三年生の筈だ。随分大きくなったなと感心して後ろ姿を目で追った。アパートで一緒に遊んだあの時、美帆は四歳だった。あれから五年が経っていた。美帆は山村を忘れてしまったようだ。でもこれでいいのかもしれないと思った。きっとまたどこかで会えるだろう。そして「君のパパだよ」といつか名乗れる日が来るかもしれない。

 エンジンを掛け、大きくハンドルを切ってUターンした。
 西南西の風が吹いている。向い風に向かってゆっくり山村のタクシーは走り始めた。

(了)

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丹阿弥清次

1955年生まれ。広告デザイン会社退社後、デザイン会社を起業して三十数年。卓球歴は大学以来40年の空白状態。還暦前に再挑戦。しかし奮闘努力の甲斐もなく今日も涙のボールが落ちる。

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